超撥水学

接触角に関する理論

接触角に関しては以下の3つの理論が有名です。

Youngの式

液体の接触角を決めている因子はあくまでも液体と固体それぞれの表面張力であるという理論です。最もポピュラーな理論です。

この式に基づき表面が平滑な場合の各種化学的官能基の水接触角を求めたのが右の表です。

末端官能基接触角
-OH5度
-CH350-60度
-CF390-120度

Wenzelの式

表面が粗いと接触角が変わるという理論です。直感的には分かり易いですが、穴がある理論です。
例えば、表面が粗いことで実表面積が投影表面積(図では「見かけの表面積」と表現しています)の数10%大きい値になることはあり得ることですが、表面が平滑な時の接触角が小さい場合ではどうでしょう。
接触角が0.1ラジアン(5.7度)という超親水状態は良く磨いたガラスでは珍しいことではありません。この場合cosθは0.995と極めて1に近い数値です。これに対してrの値が1より十分に大きけれればcosΦは1より大きな数字になります。ご存じのように三角関数ではcosΦの値は1≧cosΦ≧-1の範囲でなければいけませんのでこの式は破綻してしまいます。
感覚的に言えば、表面が粗いと接触角90度を超える撥水性ではより撥水性に、接触角90度未満ではより低接触角に、更に接触角が小さい親水性はより親水性になる、という事でしょう。
しかし、この式にはもっと予想外の結論が存在します。それはr(真の表面積/投影表面積)の値が数10という大きな数字になるときに起こります。
その話の前にもうひとつのCassie-Baxterの式について説明しておきます。

Cassie-Baxterの式

本来の式は接触角θ1の個体と接触角θ2の個体が混在した表面に対する式ですが、本件では接触角θ2の固体の代わりに空気を想定して式を少し変更しています。固体の接触角はθxとしています。
この図の状態は空気部分の開口面積が小さい場合であり、開口面積が十分に大きければ水は空気部分に浸透して全面を濡らしてしまうため式が成立しなくなります。

つまり上述のWenzelの式において固体表面の凹凸が極めて微細になった場合と考えても同じです。
右図のようなイメージです。

開口部の径が水のクラスターサイズよりも小さければ凹凸構造に水は浸透出来ません。水のクラスターサイズは正確ではありませんが20nm以下と思われます。 さて、このような微細構造が形成出来る場合、驚くべき結果が得られます。それは固体表面が親水性であっても凹凸構造の効果で超撥水性が発現出来るという事です。
ここで、平滑な固体表面に水のクラスターサイズよりも小さいナノホールが開いていると仮定し、Cassie-Baxterの式に戻り、表面に見られる固体の面積比:fxと水接触角の関係をグラフで示すとこのようになります。
フッ素系表面はーCF3で覆われた場合の接触角:110度、撥水性表面はーCH3で覆われた場合の接触角:60度、親水性表面はーOHで覆われた場合の接触角:5度を基にシミュレートしています。
ナノホールが増加するにつれ接触角が増大し、ナノホールが十分に多いと親水性表面であっても接触角150度を超える超撥水が実現可能であることを示しています。
しかし、フッ素系表面においても
 固体 : 空気 = 1 : 8 (面積比) において接触角150度
 固体 : 空気 = 1 : 9 (面積比) において接触角160度br>  固体 : 空気 = 1 : 19 (面積比) において接触角165度
 固体 : 空気 = 1 : 49 (面積比) において接触角170℃
という計算結果になることから容易な技術ではないことが分かります。

表面張力

液体を弾く為にはまず液体の表面張力を知ることが大事です。

水の表面張力

水の表面張力は液体の中でも大きい部類です。分子内の分極が大きい為分子間に相互に引き合う力が働く為です。
その表面張力は温度に依存し、右図のように水温が上がれば表面張力は小さくなります。
「お湯で洗うと汚れが落ちやすい」という経験はあると思います。この現象は複数の作用が働いているのですが、表面張力が小さくなるという作用も含まれています。水の表面張力が下がれば汚れと基材の間に水が入りやすくなるのです。
撥水性の見地で言えば温水、熱水ほど撥水しにくくなります。

塩水の表面張力

塩水は金属を腐食させることから浸透し易い=表面張力が小さいと思われがちですが、逆です。
20℃の水の表面張力は72.75 mN/m ですが、同じ20℃の10wt%塩水の表面張力は75.5 mN/m と大きな値になります。
塩水に対して撥水化することは水に対して撥水化するよりも易しいのです。

エタノールなど有機溶剤の表面張力

エタノールなどの有機溶剤の表面張力は概して20-40dyne/cmの値です。

品種表面張力 (dyne/cm)
(20℃)
72.8
エタノール22.6
ジエチレングリコール45.2
ベンゼン28.9
MEK24.5
トルエン28.4
酢酸エチル24.0
酢酸27.7

食用油などの表面張力

油脂類の表面張力も概して30-40dyne/cmの値です。

品種表面張力 (dyne/cm)
(20℃)
大豆油35.0
落花生油35.5
オリーブ油35.8
ごま油31.8

上記以外にも水に界面活性剤を加えれば表面張力は下がります。
つまり身の回りにある液体の中で水は最も表面張力の高い液体なのです。
このことから撥水は撥油よりも容易であるが親水は親油よりも難しい技術だと分かります。

ナノ構造の形成

ナノ構造の形成

前述したように120度を超える水接触角を得るには表面のナノホール構造が必要です。
ナノホールの径は10nm~20nmとされる水のクラスターサイズよりも小さいことが必要です。大きければ水は毛細管現象によって浸透します。(これを応用した超親水性被膜の形成技術もあります。)
10nmといってもピンときません。仮に10nmのサイズを1円玉(2cm)の大きさに拡大すれば200万倍になりますので、1円玉は40kmの大きさになります。ほぼマラソンの距離ですね。
ではどうすればこのような超微細ナノ構造を形成出来るのでしょうか?

エッチングとスタッキング

大雑把な手法を紹介しますと、ナノホールの無い面に何らかの作用で孔を開けるエッチング法とナノ粒子などを用いてナノ構造を構築するスタッキング法があります。
※この名称は筆者が勝手に着けているだけであり業界用語ではないのでご注意下さい。
エッチングはさらに化学的作用とフェムト秒レーザーや電子線などを用いる物理的手法があります。スタッキングにはPTFEとニッケルの共析等が知られています。
何だかよく分からないが高度な技術のようだ、と思われる方も多いでしょう。筆者も上手く説明出来ません。ただ言えるのは安価な大量生産には向いているとは言えないという事です。
そもそもエッチング法とスタッキング法には大きな工程の差があります。
エッチング法では先ずエッチングされる被エッチング層を設け、次に何かしらの方法でエッチングを行うため2段階の工程が必須です。一方でスタッキング法では1工程で仕上げることも可能です。
スタッキング法の一例を紹介すると、球を積み重ねるようなイメージです。ビー玉やパチンコ玉を積み重ねておくと玉同士の間に隙間があるのが分かります。この隙間をナノホールとして利用しているのです。
完全な球形の玉をぎっしり詰めても実は充填率は74%程度であり、約1/4の体積は空気です。この比率は玉の大きさとは関係なく一定の数値です。
しかし玉の大きさを小さくしていくと隙間のサイズも小さくなり、やがて水のクラスターサイズよりも小さくなります。この時点で超撥水膜が達成出来ます。
極めてシンプルな原理です。
このようにして形成されるナノ構造には以下のような長所と短所があります。
<長所>
 スプレーやロールなど汎用の塗布方法を用いる事が出来ます。
 理論的には1粒子分の膜厚で機能します。あくまで理論です。
<短所>
 塗膜の内部も多孔質になってしまい塗膜強度を落とします。機能的には塗膜表面近傍がナノ多孔質であれば十分ですので内部は緻密な方が強度が出ます。
 スプレーなどではピンホールや粒子のブリッジが起こり易く均一な膜が難しくなります。

競合品のナノホール形成技術

競合する超撥水コート剤は多くありません。そして筆者が把握している限りではほとんどがナノ粒子を用いてナノホールを形成しています。
しかしナノ粒子だけでは結合能力が無い為に塗膜を長時間維持出来ません。むしろ同じ電荷に帯電し易いので反発し合うこともあります。
その為、バインダー樹脂を用いるのですが、バインダー樹脂が過剰だと粒子間の空隙が樹脂で埋められ超撥水化しなくなってしまいます。
そこで、バインダー樹脂量は必要最小限に抑え、強度が足りない分は凹凸のある下地コートを設けて、その凹凸により粒子を保護しようという考え方です。
右図はそのイメージです。
ベースコートが自動的に程良い凹凸を作れればベストですが、そうで無くともベースコートを紙やすりなどで擦って凹凸を設ければ凹部のナノ粒子は保持されやすくなります。

Aurarikaの技術

構造
Aurarikaは価格と生産性の面からスタッキング法を採用しています。
右の写真は使用しているナノ粒子のSEM(電子顕微鏡)画像です。
ナノ粒子の径はおおよそ10-20nmです。

実は二重構造
Aurarikaではナノ粒子同士が作る隙間を利用していますが、実はナノ粒子自体も表面に空気層を保持するように加工しています。その為、右図のように空気はナノ粒子表面とナノ粒子の作る空間に保持され、水はほとんど固体と触れないようになっています。
このような状態をCassie状態と呼びます。
余談ですが、板状の表面を「ちゃこせず」で超撥水化し水に沈めると表面が銀色に見えます。この現象は「プランク反射」と呼ばれ、水中の空気膜が鏡のように振る舞うためです。

膜厚と接触角
右の表からも分かるようにAurarikaの超撥水コーティング剤は膜厚が1umに近い状態で既に接触角は飽和値を示し、これ以上膜厚が厚くしても接触角が変わらない状態になります。
通常の塗膜に比べても十分に薄い膜厚です。

膜厚(um)接触角 (度)
0.1120
0.4162
0.8163

表面
膜厚が薄いとそれに応じて表面も平滑になります。
右にAFMとSEMの観察結果を示しますが、非常に平坦な表面です。

透明度
膜厚が薄い為、光透過率が測定出来ます。本サンプルでは74%の透光率でした。ガラスの透光率が約90%ですので実質84%くらいでしょうか。
ガラスに塗布した結果を右に表示します。一番右が写真の上に塗布済みガラスを乗せた状態ですが、やや曇って見えるのがお分かりいただけると思います。
完全にクリアなガラスのような光透過性ではありませんが市販の超撥水コーティング剤が白色不透明であることに比べると大きな違いがあると思います。
一方、不透明でもありませんので、下地の変色や汚れを隠せないこともあります。使用前の下地のクリーニングは十分に行う必要があります。
超撥水コーティング剤においてクリアな透明性があることは高等技術であり、まだまだ改良の余地があります。
ただ、もし他の超撥水コーティングを見たことがある人ならばこんなに透明度が高い超撥水コートが可能なのかと思われるかも知れません。

超撥水という言葉に注意

「超撥水」という言葉を安易に使いすぎ
学術的には「超撥水」とは水接触角が150度以上を意味します。勿論、接触角が100度なのに「超撥水」と謳っても罰則はありません。
しかし、「超撥水」でネット検索した結果ほとんどが100度前後の「撥水」材料でした。

織物や起毛などに対して
織物や起毛などに撥水コートを施して超撥水化させる「超撥水化」コートは市場でも見られます。このような織物・起毛類に超撥水コートではなく撥水コートをお勧めします。実はこういう繊維構造は撥水コートでも超撥水化することがあります。
お勧めしない理由は色合いです。超撥水コートは概して白っぽい曇を生じますので下地本来の色を損ないがちです。

難しいのは霧雨
バケツなどで水を大量に超撥水コート面にかける動画が動画サイトで観られます。しかし実は大きなボリュームで与えられた水を撥水することは簡単なんです。大きな水滴が別の大きな水滴と結合しながらコート表面から容易に流れ去ります。
難しいのは小雨・霧雨のように細かい水滴の場合です。
水滴が小さい場合落下させるための重力モーメントが小さく、また空気との摩擦で帯電していればより排除しにくくなります。

擦り強度
微細凹凸構造を形成している超撥水コート材は擦り強度が緻密な構造の材料に比べると擦り強度が弱くなります。
その為、擦り強度が求められる場合には基材に凹凸を設けたり、テクスタイルのような構造体に塗布したり、あるいはベース構造で大きな凹凸を設けて超撥水層を保護するような構造が必要になります。

油や有機溶剤に対して
超撥水コート材と言っても必ずしも超撥油性ではありません。これは微細凹凸構造のサイズが油のような表面張力の小さい液体に対して十分に小さくない場合、液体が浸み込むからです。
油以外にアルコールなどの有機溶剤や石鹸水なども表面張力が小さい為、コート表面は濡れます。
例えば実験室において真空紫外フッ素レーザーによるエッチングで作られた小さなサイズのサンプルは優れた撥油性を示すことがありますが、屋外使用で安価かつ面積処理速度の速い汎用コーティングにとって「10nm以上の窪みを全く作らない」ということはかなり困難な技術です。